NASを導入した

家のPCのデータ共有のために、これを導入した。

Stora ホームサーバー MS2000-100JPS
http://www.amazon.co.jp/dp/B005FP8FWA/

家のPCのデータ共有のために、ネット上のストレージサービス(sugarsync、skydrive、googledrive、dropbox)を全て併用して、それに加えて外付ハードディスクを使用してなんとか運用していたのだけれど、「そもそも同じmac mini(bootcamp使用)のHDDのパーティションをまたいで、同じファイルがごっそりふたつ保存されてるのもおかしいよなあ」とか「そういえばUSB接続しなくても、LANでつなげる外付HDDがあるらしいなあ」と思い、導入してみた。
(つい最近までNASなんて言葉も知らなかった。読み方も最近知った)

この製品に惹かれた点は以下の通り。
・データがミラーリングされるので、破損によるデータ消失を回避できる
・家のネットワーク上どこからでもデータを参照/操作できる
・win/macどちらでも使え、macのバックアップ機能「time machine」にも使用できる
・中身のHDDが付属していないので、安い
・デザインがシンプルでけっこういい

今までは、複数の端末と外付HDDの切り替えのためにこんなものまで導入したくらいなので、USB周りがかなりすっきりした。
ELECOM USB切替器 手元スイッチ付 7ポート ブラック U2SW-B27SBK
http://www.amazon.co.jp/dp/B002BMNPY8/

使っている端末が、mac mini(bootcampを導入してwindows7macを併用)が、徐々にwindowsよりmacの使用頻度が高くなってきていたのだけれど、そういった端末まわりの環境も大きかった。
中に入れるHDDは、今まで「ドライブドア」っていうHDDケースに入れていたSATA形式の500GBのHDDを二つ使用。
データを空にしてstoraに取り付けると、初期設定をする段階でデータは全部消されて初期化される。
(おそらくFAT32あたりでフォーマットされるのだと思う)
初期設定の段階でフォーマットするので、初めはちょっと待たされるけど、PC上のアプリ(ブラウザ上から操作してすべてを操作するUI)をいろいろ操作したり、気長に他のことをして待つのがいいかも。

面白いのは、PCからフォーマット処理をしているのではないので、PCをシャットダウンしたり、macに再起動してもまったく問題ないところ。
これが今までの感覚とは全然違って面白い。

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導入の結果。

・USBの外付HDD周りがかなりすっきりした
・ハードディスクを机周辺から遠ざけることができたので、静かになった
・オンラインストレージサービスの使い道が定まって、また依存度が下がった(特にsugarsync)

そもそも、こういうバックアップ処理が必要なファイルの属性としては
「使用頻度の高低」
「ファイルサイズの大小」
「重要性の高低」
「書き換えたり更新するファイルであるかどうか」
「外で使いたいかどうか」
が重要な要素で、それぞれどのバックアップを使うかが変わってくる気がする。
重要なテキストファイル、重要なメモやプロジェクトファイル、サンプルのWAVファイル、あると便利なアプリの実行ファイル、全部扱いが違う。
テキストファイルは容量を取らないのでオンラインストレージサービスでいいし、WAVやアプリのファイルは容量も取るし中身が変化することもそうはないので、家のNASでいい、という感じ。

特に大きなメリットとして、sugarsyncに依存していたファイルのバックアップをNASにどんどん移行したら、sugarsyncの使用量が1GBを切ったこと。
実はこれが一番大きくて、実はsugarsyncの30GBの有料サービスに加入していたので、それを解約することにした。年間五千円くらいの有料サービスを解約したので、ランニングコストとして考えると、これがけっこう大きいメリットかもしれない。
もともとsugarsyncの挙動(ファイルの削除、移動、リネーム処理をしたときの挙動が、アプリ稼働時と停止時と同期処理中でそれぞれ微妙に違う、というちょっと困ったくせがあり、ファイルの重複が生まれたり、ファイルの望まない消去が起きたりする)に少し戸惑っていたので、かなり安心材料になった。

あと、sugarsyncのファイルを整頓しているときに、「かなり減らしたはずのに、使用量の表示が全然減ってない」というトラブルも経験したので、こういう情報も参考にした。↓
SugarSyncでファイルを消してもハードディスク容量が減らない時の対処方法
http://katoiek.blog122.fc2.com/blog-entry-799.html

まあ他のオンラインストレージサービスと違って、sugarsyncは「自分の望んだ所定のフォルダを同期できる」という点で、他のサービスとは決定的に優れているので、引き続き使っていきたいけれど、本当に重要なファイルは定期的にDVD-Rに焼くことにした。

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わかったこと&今後の課題。

・それぞれの端末から電源オフはできるのだけれど、電源オンは本体裏側のスイッチを押さないといけない
windows7 の「home edition」では、バックアップをNAS上に取ることができない(proなら可能)ので不便
itunesのライブラリもミラーリングするか
・storaの複数台の併用にはコツがいる

基本的には大満足で、いままで気にしていたいくつかのことが手軽に解決したので、大いに満足なのだけれど、ちょっと課題というか、不便に感じたことも。あと今後したいことも見えてきた。

正直、できることならあまり生活スペース&生活動線からは遠い、間違ってもぶつけて衝撃を与えたり落としたりしない、手の届かないところに置いておきたいので、電源ボタンが裏側にあるのは不便に感じる。
機種によっては、「ネットワーク上に電源のついたPCが一台でもあれば電源がついて、一台もなくなれば自動で電源オフ」という機能があるものもあるようなので、できればそうであってほしかったなあ。
「簡易NASではできません、リンクステーションならPC連動電源On/Offできます」
http://gogotorotan.blogspot.jp/2010/04/naspconoff.html

あと、win7のhomeではNASにバックアップ取れない、というのは、かなり不便。
このあたりが、まさにmicrosoftの時代錯誤なところだなあ、と思った。
時代がまさにネットワーク上での機能をどんどん強化しているのに、その機能を制限することで製品にグレードを作るのでは、ちょっと思想に旧態依然としたものを感じる。
自動車メーカーが「ちょっと安いけれど高速道路では乗れない車」を販売している感じ、とでも言えばいいか。
そのグレードを廃止するか、そのグレードにつける制限の種類を変えるべきなのでは、と。
このへんがまさにmac+time machine+iPhoneで構築できる便利さと比べると、不便に感じる。

itunesのライブラリはまだミラーリングできていないので、おそらく近いうちに二台目を導入することになるかと思う。今度はおそらく2TBで導入すると思う。
全部のファイルを256kbpsで取り込んでいるので、1TBまでは行かないけど、500GBは越えてしまっている状態。
本当にミラーリングしておかないといけないのは、むしろ音楽ライブラリなんだよね。

「足るを知る」ためには自己主張をしなければならない

ここ10年くらい、ずっと「どんな状況にも適応できるように」と思って、モノや人や食べ物など、なんにでも、「好き嫌いがないこと」を良しとして来たように思う。
でもそれがアダとなって、実はものすごくストレスを抱えることになり、一時期はまともに会話が出来ないほど、夏でも冬でも「とにかくいつも咳が止まらない」、という時期が数年あった。(ちょっとした寒暖の差や、ホコリや煙草の煙だけで咳が止まらなくなる)
とにかくリン酸コデインの含んだ咳止めを常備服用していて、「運転中に咳が止まらなくなったら困るから、運転前に咳止めを飲む」なんてことをしていた時期もあった。(本来なら、咳止めを飲むと意識が朦朧とするから、飲んだらむしろ運転を控えないと行けないのだが)

それを打開させる方法として、「きちんと自己主張をする」ということを再開した。
もともと生来そういう性格なのだが、「外界との適応」のために便宜上やってはみたものの、あまり大したメリットはなかったように思う。
好きじゃないものは遠ざけ、ときに排除し、それを強いられたときは拒絶するなり怒るなりする。要するに「気を遣う」ことをやめたのだ。
昔は当たり前のようにやっていたことを再開した。ここ最近自分がやってることは、だいたいそういう行為だ。

具体的には、いらないものは処分し、好きなものや便利なものだけを周りに置き、それらだけで構成した空間を構築し、人間関係も同様に、相手の気に入らない振る舞いや態度は指摘し、きちんと喧嘩をする。ちょうどtwitterやsumallyでやっているフォローとかの関係や、「like/have」のアクションと同じ感じ。
http://sumally.com/yomi_nuxx
それを物や人間に振りかざしていく。そこでいさかいや衝突が生まれるようなら、そういう関係性の相手なのだから、早いうちに関係を「壊して」おいた方がいい。いわゆる「後の喧嘩を先でする」と同じ。
これをしておかないと「もともと相性が悪い相手」に「勘違いをさせたまま接触をする」という二重苦に陥るので、ここはあえて意図的にぶつかっておいた方がいい。

「物」についても、このところずっと実家にある親のものを捨てる、ということをずっと続けているが、もうここに住んでいないand帰ってくることのない人間のものなど、あっても邪魔でしかないし、「捨ててはいけないのではないか」という美徳の幻想や気遣いが結果的には自分を弱体化させてしまうので、リサイクルショップなどに売れるor役に立ちそうな目ぼしいものをピックアップしたら、積極的に処分するようにしている。そのアクションを先送りしてしまうと、結局のところ「僕が向かうべき未来」に後れを取ってしまう。
「気遣いにも似た先送り」は、むしろ大きな損失でもあるのだ。
社会的美徳や気遣いはいざという時に自分を助けてはくれない。

また逆に、自分の好きなものや自分にとって必要なものをきちんと配置し、いつでも使えるようにし、並べて視覚化することで、ようやく本来の自分の姿を自分で見返すことができたように思う。自分でも持っていることを忘れていた本や、買ったのに聞いてないCDや、気に入って買ったはずなのにダンボールの奥にしまったまま使ってなかったもの…。
これらをきちんと、それなりに見映えのするようにレイアウトする。
やってることは家の整頓なのに、このアクションは意外にも「そういや自分ってこういう人間だったなあ」ということを思い出す、ものすごく内面的な作業であることに気づいたのが大きな発見だった。

そういった行動の結果として、ようやく「楽しい」ということがまた僕の中にもきちんと色を持って戻ってきたように思う。家のどこにいても不快感やストレスなく過ごせて、「ずっといてもいいな」と思える場所に仕上げて、どこにいても同じ思考を続行できるようにする。(今まではそれが出来なかったのだ。)
食べ物も、食べたいと思ったものだけを食べ、きちんとそれなりの時間をかけ、自分の実感できる満足を得られたら、時にはきちんと残す。
対人関係にしても、「丸く収める」ことを至上目的にしない。きちんと自己主張をし、必要以上に気を遣わない。

そうすることで、ようやく自分が「自分の維持すべきボーダーライン」というか、「自分の基準になる水位」を取り戻し始めた気がする。
これはすごく重要。自分への自信もいい意味で回復するし、何より、何をするのにも迷いがなくなる。不安が少なくなることで、いろいろなアクションが早くなるのだ。一日や一週間にこなすことのできる行動が増えることにもつながる。
自分が自覚を持って決めたことを実行するので、後悔することもなく満足でき、まさに「足るを知る」ことにもなり、自分をフラットに保つことができる。

まあ、まだ家の整頓は終わっていないので、もうちょっと作業を続けるのだけれど。

電気グルーヴ March のコードを取ってみた

電気グルーヴ
March: http://youtu.be/jNh0y2s_LmU



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C     G   Dm ?
いい事しか残らないよ 思い出なんて
C     G
悪いことはみんな 忘れちゃうモノ
C     F
どんなイヤな事でも 時がたてば
C   G  C
懐かしさで 錯覚をするよ

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G    Am
なんだっていーじゃん
G  Am
どんな事だって
G  Am
別れ際が大事だよ
F  G  C  F  G  C
今までと同じ ふざけた顔して
F  G  Em Am F G F
ヘナチョコな表情で お別れしよう
F   C
"ちょっと切ないね"

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リベラル病

ある一定の年齢から上の、アメリカに気圧された世代と、マスメディアがもてはやされた時代にメンタリティを構築した世代には、いわば「リベラル病」があるような気がする。廃仏毀釈の時代同様、「とにかく現状のまままではダメ」「現状を批判していれば正しくて、不安が解消される」っていう。

でもその病気が許されるのは、皮肉なことに「現状維持で進んできて何とかなる安定期」にしか許されない箱庭型妄想なんだよなあ。社民党型と言ってもいい。「お父さん嫌いいなくていいのに死んで」ってのが好景気の家庭にしか言えない言葉であるように。

でそのリベラル病の患者は、家計が危うくなっても「お父さんがいけないんだからこんな状況になった。とりあえずいなくなってもらわないと」とかほざいているのに似ている。自分のムシのいい妄想を言える状況が、誰の手によって形成されていたのかをわかっていないのだ。

ってのが僕の抱くTPP推進派のイメージ。

http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/134069688601808896
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/134070535058493440
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/134071205006286848
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/134071213109690370

「ヒエラルキーAで虐げられたものはヒエラルキーBで熱心に復権を目指す」の法則

「いい人アピールは役立たずの逃げ道」。
あと、
「過剰な国粋主義は役立たずの逃げ道」。
ついでに
「ダイエットは不美人の最後の言い訳」。

まだまだある気がする。

「不気味の谷」について

NHKのロボットの番組見てるが。「不気味の谷」って、ロボットの完成度の問題でもあるんだけど、半分は「人間自体の不気味さ」でもあるような気がする。「理解できない論理で動いている他者」は、たとえ人間であっても不気味なような。外国人を怖がる人がいるのと同じ。 #nhk
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/81038659289219073


不気味の谷ナウシカ
http://ameblo.jp/yomiatosaka/entry-10128965791.html

「汚いのはハエ取り紙じゃない」のまとめ

思ったこと。「夜のドンキホーテにはドキュンが多い」のは
「夜にドンキホーテに行ってるからドキュンになっちゃった」んじゃなくて
ドキュンドンキホーテにたまりやすい」のではないか、ということ。

つまり、「アニメに過剰にはまってるやつには傍若無人な世間知らずが多い」んじゃなくて
「傍若無人で世間知らずなやつはアニメとかにはまりやすい思考」なんじゃないか、っていう順番。

つまり、悪いのはアニメでもドンキホーテでもない。
いわば「ハエ取り紙」なんだよなあ。

http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/131417643960897537
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/131418163068944385
http://twitter.com/#!/yomi_nuxx/status/131418560374374400